信じることの大切さ

イエスは百人隊長に言われた。「さあ、行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。(聖書 マタイの福音書8章13節)

村上春樹は2013年に発表した「騎士団長殺し」の一番最後の文章で「きみはそれを信じた方がいい」と書いています。自分を導いてくれるものがいることを「信じる力」が自分には具わっていることを主人公は知るのです。そしてその信じる力が主人公の人生を回復させていくことになります。

村上春樹はドストエフスキーのような総合小説を書くことを目標にしていると「少年カフカ」という雑誌に以前書いています。そして自らが翻訳した中央公論新社版のフィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』(2006年)のあとがきで、村上春樹はこう書いています。「もし『これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ』と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この『グレート・ギャツビー』と、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。」と。

村上春樹文学の特徴は、「1Q84」に出てくる「非常階段」のようなものを通して、主人公たちが現在自分たちが生きている世界とは全く別の世界に行き、そこで様々な普通ではない体験をして、また現実の世界に戻ってくるという物語構成にあると思います。「騎士団長殺し」ではアトリエの敷地にある「穴」が、現実と非現実、現実世界と異世界を結ぶ回路になっています。

主人公の肖像画家である「私」が、「騎士団長殺し」というタイトルがついた日本画を発見して物語が始まっていきます。この作品は2部構成で、1部はイデア編、2部はメタファー編になっているので、イデアとメタファーという言葉は本作品を理解する上で鍵になる概念です。「穴」を通して、現実とつながってしまう非現実の世界、日常とつながってしまう非日常の世界が、イデアとメタファーの世界です。イデアはプラトン哲学で、時空を超越した非物体的、絶対的な永遠の実在のことですが、近現代になると観念や理念の意で用いられるようになっています。一方、メタファーは譬え、隠喩と言われます。

村上春樹は、捕らえがたくぼんやりしたイデア(観念)は、メタファー(隠喩)を通してしか理解できない、メタファーを通してしか表現できないと考えているのではないでしょうか。なぜ村上春樹は長い間ずっと変わらずに同じような物語類型を用いているのかを私は疑問に思っていましたが、この現実世界に別の新たな現実を立ち上げようと模索し追及しているのではないかと今回思い至りました。イエスもよく譬え話(メタファー)を通して、捕らえがたい永遠の世界や目に見えない世界(イデア)のことを語られました。

村上春樹が作り出す物語(ナラティブ)に人々を癒す力を感じます。ぜひ近いうちにノーベル文学賞を取ってもらいたいと願います。また早く次の長編小説を読みたいです。

さて、私たちは日常生活で信じることができなければ生きていくことは難しくなります。例えば、ほとんどの人々は飛行機を信じています。私たちの多くは飛行機の仕組みやなぜ飛ぶことができるのかを詳しくは知らないし理解していませんが、信じています。だから、自分のいのちをあずけて乗ることができるのです。信じるのに全てを理解する必要はありません。

百人隊長(古代ローマの軍隊で、百人編成の部隊の隊長。一軍団は六千人で編成され、六十の百人隊に分けられていました)は病気になってひどく苦しんでいる自分のしもべのために、イエスの元へ懇願しに行ったのです。しもべの病気は中風(脳卒中による半身麻痺)でした。イエスはそのしもべの元へ行こうとしましたが、百人隊長はイエスに言いました。「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばをください。そうすれば、わたしのしもべは直ります。」(マタイの福音書8章8節)。

イエスは彼の信仰を称賛して言います。「わたしはイスラエルのうちのだれにも、このような信仰を見たことがありません。」(マタイの福音書8章10節)この百人隊長の驚くべき信仰によって、彼のしもべは癒されました。イエスは「自分の家に帰りなさい。あなたの信じたとおりになるように」と百人隊長に言われました。原語のギリシャ語を直訳すると、「信じたとおり、あなたに起こるように」です。彼はイエスが語ることばに絶対的な信頼を持っていました。彼はイエスを心から信じていました。癒すのはイエスですが、彼の信仰がイエスから癒しの力を引き出したのです。信じることは力です。聖書のへブル人への手紙 11章1節にはこのように書かれています。信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。

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投稿者:canaan

首都圏で10年間牧師をしていましたが、現在は地方のキリスト教会で牧師をしています。旅行会社と農場の経営もしています。私自身が様々なことばで力づけられてきたので、希望に満ちたことばをお伝えしたいと願っています。I used to be a pastor in the metropolitan area for 10 years, but now I am a pastor at a local Christian church. Also I run a travel company and farm. I myself have been empowered by various words, so I would like to convey the hopeful words.