神と共に歩んだノア

9 これはノアの歴史である。ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。10 ノアは三人の息子、セム、ハム、ヤペテを生んだ。11 地は、神の前に堕落し、地は、暴虐で満ちていた。12 神が地をご覧になると、実に、それは、堕落していた。すべての肉なるものが、地上でその道を乱していたからである。13 そこで、神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。それで今わたしは、彼らと地とともに滅ぼそうとしている。(創世記6:9-13)

ここから創世記の第4の区分が始まります。これは9:29まで続きます。ノアは正しい人でした。もちろん神のように完全であったという意味ではありません。悪い時代にあっても、ノアは全き人であり、神と共に歩んだ人物でした。それは彼の先祖エノクのようでした。

エノクは六十五年生きて、メトシェラを生んだ。エノクはメトシェラを生んで後、三百年、神とともに歩んだ。そして、息子、娘たちを生んだ。エノクの一生は三百六十五年であった。エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。(創世記5:21-24)

私たちが生きているこの21世紀も、神に反逆する時代です。しかし、ノアのように、この時代にあっても、神と共に歩むことを選び取っていきたいものです。神と共に歩むとは、神が喜ぶことを喜び、神が憎むことを憎むということだと思います。

ノアには「慰め」という意味がありますが(創世記5:29)、彼の誕生は父親のレメクを慰めました。それと同時に神をどれほど慰めたことでしょうか。神はこの地上をご覧になった時に、非常に悲しみを覚えました。地は、神の前に堕落し、地は、暴虐で満ちていた。神が地をご覧になると、実に、それは、堕落していた。すべての肉なるものが、地上でその道を乱していたからである。(創世記6:11,12)

ここに出てくる暴虐は、神に対する反逆です。そして、乱れは性の乱れです。神は人を男と女とに創られ、彼らを祝福して、「生めよ。ふえよ。地を満たせ。」(創世記1:28)と仰せられました。しかし、そのためには厳然たる条件がありました。それは一夫一妻です。それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである(創世記2:24)。しかし、レメクはその原則を破り、妻を二人めとりました(創世記4:19)。神が最も忌み嫌われるのは、偶像礼拝と性の乱れ(不品行)です。

しかし、ノアを見る時に、神は慰められたのです。神と人に慰めを与えることができる人は幸いだと思います。ノアは信仰によって神と共に歩みました。信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となりました。(へブル人への手紙11:7)

ノアの信仰は神に喜ばれました。彼は箱舟を造ったことによって、家族と一緒に大洪水の裁きから逃れることができました。そして救われ、信仰によって義と認められたのです。

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投稿者:canaan

首都圏で10年間牧師をしていましたが、現在は地方のキリスト教会で牧師をしています。旅行会社と農場の経営もしています。私自身が様々なことばで力づけられてきたので、希望に満ちたことばをお伝えしたいと願っています。I used to be a pastor in the metropolitan area for 10 years, but now I am a pastor at a local Christian church. Also I run a travel company and farm. I myself have been empowered by various words, so I would like to convey the hopeful words. 

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