聖霊による新しい時代の到来

昨日はペンテコステ(聖霊降臨祭)でした。約2000年前に三位一体の第3位格である聖霊が弟子たちの上に下って来られました。これはイエスの約束通りでした。この聖霊の注ぎによって世界で最初の教会、エルサレム教会が誕生しました。そして全世界にイエス・キリストの十字架と復活の福音(良き知らせ)を伝える働きが始まったのです。その記録が聖書の使徒の働きに記されています。

ペンテコステの出来事は聖書にこのように書かれています。ちなみに使徒の働きを書いたのは医者であり歴史家のルカでした。1 五旬節の日になって、みなが一つの所に集まっていた。2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るゆな響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。3 また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒の働き2章1-4節)

五旬節とは50日目の祭りという意味です。何からの50日目かと言いますと、過ぎ越しの祭りから50日目です。すなわち、イエスが十字架に架かって死なれてから50日目ということになります。その日に神ご自身である聖霊が天から下って来られたのです。それをお祝いするのがペンテコステ(聖霊降臨祭)です。

ペンテコステはキリスト教にとって、教会にとって、キリスト者にとって非常に重要です。クリスマス(イエスの降誕)とイースター(イエスの復活)に比べるとまだ日本では認知されていませんが、キリスト教の三大祭りの一つです。19世紀後半から20世紀前半に活躍した南アフリカの改革派牧師アンドリュー・マーレーはこのように書いています。「聖霊の注ぎはキリストの御業の絶頂です。ベツレヘムにおける誕生、十字架において成し遂げられた贖い、よみがえりの力、昇天により栄光に入られたこと。これらはみな予備的な段階にすぎません。それらのゴール、冠は聖霊の降臨です。ペンテコステは最後に来ますが、それはキリスト教の礼典の中で最も大きなものです。その中に他の礼典の実現があり、完成があるからです。ペンテコステは、キリスト教の最高の祝祭日であって、クリスマスもイースターも、実はペンテコステのために、ペンテコステに向かい備えられたのだ。

今の時代は大転換の時代であると言われます。アメリカの未来学者であるアルビン・トフラーは1980年に「第三の波」という本を出しました。その中で、彼は第一の波は数千年前に起こった農業革命、第二の波は500年前に起こった産業革命による工業革命、そしてこれから起こってくるのがIT革命(Information Tecnology・情報技術革命)で、脱工業社会が訪れるでしょうと唱えました。その洞察は見事に当たったと言えると思います。今現在進行形で驚くべき速さで情報革命が起こっています。

霊的な世界でも現代は新しい革命の時代が来ていると言えるのではないかと私は考えています。トフラー的にそれを3つの波で表現することができると思います。第一の波はイエスと初代教会によるイエス革命&ペンテコステ革命、第二の波が500年前のルターとカルヴァンによる宗教改革、そして現代が第三の波の時代、新しい聖霊の時代であると言えます。今は凄まじい勢いで聖霊が働き、世界宣教が完成へと向かっている時代です。急速に聖書翻訳が進んでいます。20世紀にペンテコステ運動、カリスマ運動、ヒーリング運動が起こり、御霊の賜物と五役者が回復しました。確かに聖霊の働きが回復し、イエスと初代教会の働きの姿に近づきつつあるのを見ることができます。世界の至る場所で超自然的な癒しが起こり、福音に伴うしるしと不思議が現わされています。21世紀に入りその傾向が加速しています。更にコロナ禍で世界を行き来できなくなると、インターネットが用いられ、爆発的に福音が世界へ広がっています。

現代の聖霊運動(カリスマ運動)について、日本を代表する神学者の一人でICU(国際キリスト教大学)名誉教授だった古尾安雄氏は以下のように言っていました。「人間は霊的な存在であるにも関わらず、現代は知的な教育はあっても、霊的な教育はなされていない。そこに現代社会の問題がある。しかも、人間の霊性というものを問題にするはずのキリスト教も霊的なものを失ってしまった。その失ってしまったものを回復しよう、その飢え渇いた部分を満たそうとするのが、カリスマ運動なのだ。カリスマ運動はそういう意味で、単に一つの宗教現象という以上に、時代批判を意味している。つまり、今日の世界のあり方はこれでいいのか。今の時代全体に対して、これに真っ向から切り込んでくるのが、このカリスマ運動である。

旧約聖書のヨエル書にこのような預言が記されています。シオンの子らよ。あなたがたの神、主にあって、楽しみ喜べ。主は、あなたがたを義とするために、初めの雨を賜り、大雨を降らせ、前のように、初めの雨と後の雨とに降らせてくださるからだ。(ヨエル書2章23節) 使徒ペテロはペンテコステの後、ヨエル書を引用して説教しました。この聖霊降臨が預言者ヨエルが預言していた「初めの雨」であると説明したのです。初めの雨はペンテコステにおいて成就しました。では後の雨は来たのでしょうか。まだ来ていません。後の雨はこれからです。しかし、私の個人的な見解ですが、今の世界的な聖霊の働きを見ていると、ポツポツと後の雨が降り始めているような気がしてなりません。そしてこれからヨエルが預言した「後の雨」、すなわち圧倒的な聖霊の注ぎが来ます。私たちは使徒たちがイエスの約束を信じて祈って聖霊を待ち望んだように、あきらめないで聖霊の注ぎを待ち望もうではありませんか。

スポンサーリンク



投稿者:canaan

首都圏で10年間牧師をしていましたが、現在は地方のキリスト教会で牧師をしています。旅行会社と農場の経営もしています。私自身が様々なことばで力づけられてきたので、希望に満ちたことばをお伝えしたいと願っています。I used to be a pastor in the metropolitan area for 10 years, but now I am a pastor at a local Christian church. Also I run a travel company and farm. I myself have been empowered by various words, so I would like to convey the hopeful words. 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA