ナルニア国物語/隠された福音

「ナルニア国物語」はイギリスの作家、C・S・ルイスの全7巻からなる子供向け小説シリーズです。1950年から1956年にかけて出版されました。内容は創造主のライオンであるアスランによって創られた架空の世界「ナルニア国」を舞台に、20世紀のイギリスの少年少女が異世界「ナルニア」と往復しながら、与えられた使命を果たす冒険を描いています。聖書を下敷きにして物語を展開させているのが大きな特徴です。出版の順番と物語の順番は少し違いますが、時系列で読んだ方が分かりやすいと思います。映画化が試みられましたが、残念ながら完成したのは3作で、全てを映画化することはできませんでした。時系列で紹介しています。

1作目「魔術師のおい」は、アスランによるナルニアの天地創造の物語です。聖書の創世記をモチーフにしています。二人の子どもたちの目を通して、ナルニアの天地や生き物たちの創造と、どのようにして罪と悪が入り込んだかが描かれています。

2作目「ライオンと魔女」がナルニア国物語の中で一番有名で、一番福音的な内容になっていると思います。最初に映画化(2005年)されたのもこの作品でした。ロケ地は「ロード・オブ・ザ・リング」と同じニュージーランドです。

さて物語の内容ですが、戦時中、戦乱を避けロンドンから田舎に疎開したペベンシー家の4人兄弟姉妹ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシィは、疎開先の古い屋敷の空き部屋にあった衣装タンスから別世界の国「ナルニア」に引き込まれます。この「ナルニア」はアスランが創った世界です。ですから、言葉を変えて言えば、「神の国」のようなものと言えます。聖書にこのように書かれています。「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」(マルコの福音書10章15節) ナルニアにはある一定の年齢を超えると入ることができなくなるのです。ナルニアは空想上の世界ですが、ある意味で実は、私たちの世界とつながっていると考えることができます。この手法は、村上春樹も小説を書く時に用いていると言えます。様々な場所が、自分が住んでいる現実世界と異世界の出入り口になるわけです。「ナルニア国物語」のテーマは、信じることと信じないこととの戦いと言えるような気がします。

最初に衣装ダンスを通じて、ナルニアへ行ったのは次女で一番末っ子のルーシーでした。しかし、いくら彼女が話しても他の3人は信じなかったのです。そんなことはありえないというわけです。でも、それを聞いた4人の教授が、別世界はないという常識を疑い自問自答するように勧めてこのように言います。これはもちろんC・S・ルイスの主張であることは言うまでもありません。

教授は異世界である「ナルニア」に行って来たというルーシーを疑ってバカにしている3人に対して言いました。「論理じゃよ!すじ道を立てて考えてみよう。このごろの学校では、論理を教えないのかな。ありそうなことは、三つ。妹さんが、うそをついているか、気がふれたか、本当のことを言っているか、しかない。そのうち、うそをつかないことはわかっとるし、気が違ったのでないことも明らかだ。してみれば、他の証拠が出てきて、ひっくり返しでもしない限り、さしあたっては、妹さんは本当のことを言っていると、推論しなければならん。

これはケンブリッジ大学の教授であったCSルイスがキリスト教を弁証する時にも用いた論法でした。彼はイエス・キリストについてこのように書いています。「私がこんなことを申し上げるのは、誰にせよ、キリストについてばかげたことを言うのはやめてもらいたいからである。ばかげたこととは、他でもない、世間の人々がよく口にする次のセリフである、『私はイエスは偉大な道徳的教師としてなら、喜んで受け入れるが、自分は神だという彼の主張を受け入れる訳にはいかない。』 こういうことだけは言ってはならないのだ。単なる人間に過ぎない者が、イエスが言ったようなことを言ったとしたら、そんな者は偉大な道徳的教師どころではない。彼は精神障碍者か、さもなければ、地獄の悪魔か、そのいずれかであろう。ここであなたがたは、どっちを取るかを決断しなければならない。この男は神の子であったし、今もそうだ、と考えるか、さもなければ、狂人もしくはもっと悪質なもの、と考えるか。

ルイスはこのように続けます。「彼を知的に劣った者として監禁し、これにつばをはきかけ、悪鬼として打ち殺すか、さもなければ彼の前にひれ伏して、これを主また神と呼ぶか。そのどちらを選ぶか、あなたがたの自由である。しかし、彼を偉大な教師たる人間などと考えるナンセンスだけはやめようではないか。彼は、そんなふうに考える自由を我々に与えてはいないのだ。そんな考え方は、もともと彼の意図には含まれていなかったのである。」(キリスト教の精髄より)

子供たちはアスランに導かれて、ナルニアを支配する白い魔女から住人たちを救い出そうと奮闘します。ライオンは、イエス・キリストのメタファー(隠喩)になっています。すなわち、アスランはイエス・キリストをあらわしています。聖書の黙示録5章5節にこのように書かれています。「泣いてはいけない。見なさい。ユダ族から出た獅子、ダビデの根が勝利を得たので、その巻き物を開いて、七つの封印を解くことができます。」 イエス・キリストは獅子(ライオン)と表現されているのです。

では白い魔女は誰のことをあらわしているのでしょうか。悪魔です。兄弟姉妹を裏切ってアスラン(イエス)を魔女(悪魔)の手に渡そうとする次男エドマンドは、イエスを裏切った12弟子の一人ユダをあらわしています。また物語では、「予言」が大きな役割を果たしています。魔女の支配が打ち破られる条件の予言、ナルニアの解放と救い主であるアスランの到来の予言などです。これは「聖書の預言」をあらわしています。旧約聖書は、救い主イエス・キリストの誕生と到来、どのように死ぬか、どのように救いを成し遂げるかなど、イエスが生まれる700年も前から預言されていたのです。

死んだアスランはどうなったでしょうか。魔女に敗北したかに見えました。しかし、アスランは死を打ち破ってよみがえり、白い魔女とその悪の軍勢を打ち滅ぼします。その後、4人の子供たちはナルニアで王と女王の位に着きます。これも黙示録に書かれていることをCSルイスは模倣していると言えます。イエスは私たちん罪の身代わりに十字架に架かり、悪魔に敗北したかに見えましたが、死を打ち破り、よみがえり、悪魔を打ち倒したのです。

3作目「馬と少年」は、『ライオンと魔女』の暫く後、ペベンシー家の4人兄弟姉妹がナルニアの王座についている頃の話をテーマにしています。そして2008年に映画化された4作目「カスピアン王子のつのぶえ」は、ナルニアでは1000年以上もの時が流れていました。ナルニアは荒れ果て、カスピアン王子は後継争いで窮地に立たされていました。カスピアン王子は、助けを呼ぶために角笛を吹き鳴らします。これはどこにいようと吹けば何らかの助けがくるというものでした。ちょうど王子が角笛を吹いたとき、イギリスの田舎駅のホームにいたペベンシー兄弟姉妹たち4人は、何か見えない力によってナルニアに引き寄せられます。彼らがナルニアに来ると、カスピアン王子を助け、ナルニアの危機を救います。

2010年に映画化された5作目「朝びらき丸 東の海へ」は、カスピアン王時代初期の物語です。ルーシーとエドマンドは、いとこのユースチスと共に、ある日、壁にかかった絵に描かれたナルニア風の帆船が浮かぶ海に吸い込まれます(長男ピーターと長女スーザンは少年少女ではなく青年になっていたのでナルニアへ行くことはできませんでした)。帆船に救い上げられた彼らは、前回の冒険で出会ったカスピアン王に再会します。3人がカスピアン王たちと東の海を目指して航海する物語です。

6作目「銀のいす」は、カスピアン王時代末期の物語です。カスピアン王の息子、リリアン王子は若い時に魔女によって誘惑され、さらわれて行方不明になっていました。カスピアン王の晩年、突然、二人の人間の子どもがアスランの命を受けて別世界(イギリス)からやって来たのです(ペベンシー家の4人兄弟姉妹は全員、年齢的に来れなくなっていました)。この二人はユースチス(ルーシーたちのいとこで前回も来ました)とジルは、行方不明の王子をカスピアン王と一緒に探す旅に出ます。3人は魔女を倒し、王子を救い出します。

最後の7作目「さいごの戦い」は、ナルニア世界がなくなる物語です。キリスト教の「最後の審判」をモチーフとしていて、聖書にも出てくる「ハルマゲドンの戦い」が、物語の中で大きなウェイトを占めています。ペベンシー家のピーター、エドマンド、ルーシーの3人も登場します。アスランを信じる信仰から離れていたスーザンは来れませんでした。最後の戦いを通して、ナルニアは終焉します。しかし、ナルニア最後のチリアン王たちは、今までの世界が「影の国」、すなわち、幻のナルニアで、「まことのナルニア」が別にあることに気づきます。

C.S.ルイス(1898年 – 1963年)

子供たちはチリアン王やナルニア人と共にどんどん奥へと進んでいって、ついに黄金の門に着きます。そこでナルニアの歴代の人々や生き物たちに迎えられます。アスランは子供たちに、もう元の世界に戻る必要はないと告げます。「ロード・オブ・ザ・リング」で主人公フロドがエルフの国(天国)へ向かった最後と似ていると言えます。

CSルイスは、「さいごの戦い」の最後でこのように書いて結んで、永遠の世界を表現しています。「そこで、わたしたちは、ここでこの物語を結ぶことにいたしましょう。けれどもわたしたちは、あの人たちがみな、永久にしあわせにくらしたと、心からいえるのです。とはいえ、あの人たちにとって、ここからが、じつは、ほんとうの物語のはじまるところなのでした。この世にすごした一生も、ナルニアでむかえた冒険のいっさいも、ほんの表紙と扉にあたるにすぎませんでした。これからさき、あの人たちは、地上のなんぴとも読んだことのない本の、偉大な物語の第一章をはじめるところでした。その物語は、永久につづき、その各章はいずれも、前の章よりはるかにみのり多い、りっぱなものになるのです。

CSルイスはこの物語を子供たち向けに書きましたが、大人たちにとっても有益な物語だと思います。問われているのは、私たちが子供のように神が創造した異世界の存在を信じれるかどうかなのではないでしょうか。

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投稿者:canaan

首都圏で10年間牧師をしていましたが、現在は地方のキリスト教会で牧師をしています。旅行会社と農場の経営もしています。私自身が様々なことばで力づけられてきたので、希望に満ちたことばをお伝えしたいと願っています。I used to be a pastor in the metropolitan area for 10 years, but now I am a pastor at a local Christian church. Also I run a travel company and farm. I myself have been empowered by various words, so I would like to convey the hopeful words.