心配無用。心配事の9割は起こらない

あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。(新改訳聖書 マタイの福音書6章34節)

アメリカの自己啓発のパイオニアと言われたアール・ナイチンゲールは「心配事の92%は実際には起こらない」と言いました。彼は心配事をこのように分析しています。

・実際に起こり得ないことへの心配 40%

・過去にすでに起こったこと 30%

・不必要な健康に関する心配 12%

・細々とした不必要な心配事 10%

これを全て足すと92%になります。つまり残りの8%のみが実際に起こり得る心配事ということになります。

心配や思い煩いは、自己破壊的な態度と言えます。人は自分の未知の将来を考えて、起こり得る様々なことを想像しますが、否定的な想像が多いのではないでしょうか。過去の出来事の結果として何か悪いことが起こるのではないかとか、不確実な未来を考えて不安に陥ってしまったりして、自分自身を引き裂いてしまうことがあると思います。

上記の言葉はイエス・キリストが山上の垂訓で語られた言葉です。イエスは「明日のことは明日が心配します」とおっしゃいました。明日何が起こるか私たちには分かりません。だから明日のことを心配する時間はもったいないと言えます。もちろん私たちは明日のための備えはする必要があると思います。けれども明日のための心配は無用であるとイエスは言われたのです。

それよりもイエスは明日のことは神にゆだねて、その日その日を精一杯生きるように教えておられます。明日は人間の領域ではなく、神の領域です。なぜなら、明日何が起こるか誰にも分からないからです。明日の問題を今日に持ち込んではいけないと思います。残念ながら過去を生き直すことはできません。過去は過去です。私たちが確実に分かっているのは今だけです。私たちに与えられている今日という日を生きることが大切です。

労苦はその日その日に十分あります。今日できることを今日する。今できることを今する。あまりにも過去と未来に生きてしまうと、本来今日するべき仕事、今日するべき働き、今日するべき労苦が疎かになってしまうのではないでしょうか。今日という日に集中すること、今日という日を一生懸命に生きることが、結果的に将来のための備えにつながっていくのだと思います。イエスの言葉を通して、過去ではなく、未来でもなく、現在(今日、今)を生きていくことの大切さを教えられます。

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投稿者:canaan

首都圏で10年間牧師をしていましたが、現在は地方のキリスト教会で牧師をしています。旅行会社と農場の経営もしています。私自身が様々なことばで力づけられてきたので、希望に満ちたことばをお伝えしたいと願っています。I used to be a pastor in the metropolitan area for 10 years, but now I am a pastor at a local Christian church. Also I run a travel company and farm. I myself have been empowered by various words, so I would like to convey the hopeful words.